お菓子けものみち

~第八回「元祖芋羊羹を巡る」


和菓子について適当に語る「お菓子けものみち」。
「芋羊羹」といえば、浅草の舟和が有名ですが、今回は「元祖芋羊羹のお店」を紹介します。

1.舟和の師匠筋「舟定」

芋羊羹、といえば浅草の舟和。
都内ですと主要な駅や百貨店などでも購入できる、気軽なお土産として定番中の定番の品なのですが、実は「今日の芋羊羹を作り出した、舟和の師匠筋」にあたるお店が栃木の足利市にあるのをご存知でしょうか?

お店のお話の前に、「芋羊羹」自体のお話を少し。
元々江戸時代より「芋羊羹」と言うお菓子は存在していましたが、今日の「芋羊羹」とは異なり、所謂「番太郎」と呼ばれていた駄菓子(今の芋羊羹は駄菓子に当たらないのか、と言われると微妙なラインかとは思うのですが)の一つでした。
ちなみに「番太郎」とは、あまり上等ではないが、日々のおやつなどで食べているような駄菓子の総称で、もともと「お店の木戸番=番太郎が小遣い稼ぎに副業でお菓子を売っていた」ことに由来するようです。

で、その「番太郎」の芋羊羹は、焼き芋をほぐし砂糖を加えて固めた、羊羹とはいうもののマッシュポテトのようなものだったようで、現在も駄菓子として川越あたりで似たようなものを購入することが出来ます。


明治時代の半ば、後の舟和創業者の小林和助と、その師匠筋(兄弟子説もあります)であり、もともとは先代が芋問屋「舟定」を営んでいた石川定吉が、当時巷で高級品ながら人気のあった「練り羊羹」をヒントに、庶民向けに安価に提供できないか、ということで苦心を重ね作り上げたのが、現在の芋羊羹の始まりと言われています。

もともと船橋にお店があったことと、先代(父)も定吉だったため、定吉のお店の名前が「舟定」だったのですが、和助は師匠のお店の「舟」と自らの名前の「和」を取り、お店の名前を「舟和」とした、というのがそもそもの「舟和」の始まりとなります。
舟和の「舟」は船橋の意味だったんですね。


実際、都が発行した「東京百年史」では、小林和助の談話として「芋羊羹は、実は、元祖ではございません。」との既述もあり、これ自体は「船定」のことを指すのか、そもそもの番太郎のことを指すのかはわからないものの、この後の発言ではみつ豆が元祖であること、みつ豆ももともとは番太郎であったことに対し、現在の形にしたのが元祖(このあたりのお話は、以前のこのコーナーをご覧下さい)であることに言及していることから、おそらくは「現在の形の芋羊羹の元祖」が舟和ではなく、船定であることを示しているのではないか、と思います。

ちなみに舟和のその後の隆盛は皆さんご存知のとおり。
都内有名デパートや、駅構内などで「舟和」のお菓子を購入することができます。

翻って「船定」はどうだったか、というと、身内の不幸を機に栃木県足利市にその居を移します。
その後お店は支店等拡大することはなかったものの、今日でも脈々と継がれており、足利駅から程近いところで、今日でも元気に「元祖芋羊羹」を売り続けています。


2.元祖芋羊羹

ということで、実は舟和の師匠筋で、実際「舟」の字はそこから頂いている「船定」の元祖芋羊羹をここからは紹介します。

お店の中に入ると


このような形で、その日に作られた「芋羊羹」が山積みで売られています。
「舟和」のものは一人用サイズに切り出したものを「何本」という形で購入しますが、「船定」のものは所謂練羊羹の1本サイズになっているのが面白いところ。
先の、当時高級だった練り羊羹を庶民向けに、という中で舟和のものは「庶民向けにどんどん安く、一人分でも購入しやすいように」進化しており、船定のものは「高級品の位置づけのままお求め安い価格で」と、当初の意図をそのまま引き継いで続けられているのでしょうね。

購入してパッケージを眺めてみましょう。


パッケージ全体を俯瞰したものがこちら。
やはり見た目は「高級芋羊羹」と言った感じで、「庶民向けながら、高級品の体は崩さない」もともとの意図を受けつでいる感じです。
また、パッケージを良く眺めてみると、なんとなく見慣れたマークが。


帆の部分に「和」と書かれた、舟和のマークとそっくりになっており、やはり両店の結びつきを強く感じます。

箱を開けてみると、


こんな感じ。
今日の練り羊羹ではビニールなどで包装されていますが、こちらの芋羊羹は、おそらくは乾燥防止用の紙こそ入っているものの、生身のままの羊羹になっています。
写真はありませんが、古くから伝わる日光の練り羊羹などがこの「内側が紙だけスタイル」だったと思いますので、かつての羊羹はこのような感じだったのかもしれません。

切ってみますと、


こんな感じになっているのがわかります。
やや「芋の塊が、なめらかな食感を損ねない程度に残っている」感じですね。
ちなみに舟和のものは


こんな感じ。
写真を見比べていただけるとわかるのですが、結構芋自体のテクスチャ、というかなめらかさが大きく異なっています。
均一感がある、というか、滑らかな感じなのは舟和のほうで、芋自体のテクスチャを大事にし、野趣あふれる感じに仕上げているのは船定のほう。
甘味自体も、舟定のほうが「お菓子というよりは芋自体の甘みがダイレクトな、野趣あふれる」感じとなっています。
どちらが良い、というものではなく、おそらくはサイズの違い(写真ではわからないのですが、舟和のほうは1本が手のひらサイズなのに対し、舟定のほうはいわゆる竿羊羹サイズで非常に大きくなっています。)や、その土地土地の求めるものにって、目指す食感などが異なってきたのかとは思います。
そう考えると、当時一緒に作り上げたものが、時代を経てほんの少しではあるのですが、それぞれの個性として定着しているのは面白いですね。

3.まとめ

今回は「芋羊羹の元祖」について書いてみましたが、いかがでしたでしょうか?
出来上がるまでのいきさつや、それぞれの味わいの比較、舟和自体の成り立ちなど結構掘り下げると面白いなあ、と改めて思います。
双方とも同じところを目指しつつ、出発点はまったく一緒で、それでも個性が生まれてくる両方のお店、片方は浅草、片方は足利と、やや遠くはあるもののぜひ食べ比べて頂ければと思います。


今回のお店

舟定(栃木県足利市)
住所:栃木県足利市通り4丁目-2812
電話:0284-21-3807
定休日:水曜日、第4火曜日
営業時間:9:30~18:30

 



●バックナンバー
第八回「元祖芋羊羹を巡る」
第七回「甘納豆は日本橋にあり」
第六回「饅頭の成り立ちと、日本への伝播」
第五回「みつ豆とあんみつの元祖に迫る」
第四回「コンビニのロールケーキ」
第三回「あんぱん、ジャムパン、クリームパン」
第二回「梅花亭でどらやきの歴史に触れてみる」
第一回「3種のうさぎやについて語る」

プロフィール

覆面ライターT

いろいろあってプロフィールは秘密の某会社社員。
20ン年前に「女性にモテたかったので」お菓子をいろいろ食べ始めるが、
その目的は果たせず。
代わりになぜか餡子の美味しさに目覚めてしまい、そのままお菓子(食べるほう)の道を邁進中。
文章おちゃらけてますが、結構いろいろ食べていますので今後もお楽しみに
覆面ライターT


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