お菓子けものみち

~第七回「甘納豆は日本橋にあり」


和菓子について適当に語る「お菓子けものみち」。
今回は江戸の昔から続く、「甘納豆」の元祖のお店を紹介します。

1.甘納豆の元祖、「榮太樓」

現在、ごくごく一般に食べられているお菓子として「甘納豆」があります。
豆の種類や、バリエーションとしてぬれ甘納豆、また最近ではチョコがけしたようなものも生まれているお菓子なのですが、実はこの「甘納豆」、日本橋の榮太樓で初めて作られました。
30歳以上の方ですと、テレビ等のコマーシャルで「は~い、榮太樓です」のフレーズに聞き覚えがあるかもしれない、みつまめの缶詰などで有名なあの榮太樓です。

創業初期にはどんなお店だったのかというと、

1818(文政元年) 初代が江戸で井筒屋として拳煎餅を売る
このときのお店は屋台だったようです
1857 三代目の細田安兵衛が、日本橋に店を構える
後に屋号も榮太樓に
開店時点での名物金鍔を目玉に、甘名納糖、梅ぼ志飴、玉だれなどの名物菓子を作り出す
ということで、もともとは庶民向けの、屋台で煎餅などを売っていたお店で、江戸時代のうちに金鍔などを扱い、おそらくは明治の初期までに甘納豆(甘名納糖)を売り出した、ということのようです(参考:榮太樓總本鋪WEBページ)。

そんな榮太樓、現在も日本橋の、最初にお店を構えたまさにその場所にお店を構えています。
お店外観はこんな感じ。


お店には大きな暖簾がかかっていますが、日当たりの良い場所ではありません。
実は、創業当時からの慣わしで、お店が大通りから一本入ったところにあるため、大きな暖簾を掲げてわかりやすくしているとのこと。

今回はそんな榮太樓の、昔からあるお菓子をいくつか紹介したいと思います。

2.甘名納糖(元祖甘納豆)

まずは今回のテーマであるこちら。甘納豆の元祖、「甘名納糖」を紹介します。


見た目は普通の甘納豆(商品名は甘名納糖ですが)、なのですが、榮太樓のものは、実は豆に特徴があります。
金時大角豆(きんときささげ)という、普通の甘納豆に使われる小豆に比べ、やや高価なものを5日間かけて糖蜜で煮込んで作るとのことなのですが、この豆自体もともとは庶民向けにお菓子を作るにあたり、当時安価だったから使い始めたとのこと。
時代が下り、現在は金時大角豆自体が高価なものとなってしまったとのことなのですが、それでも使い続けているあたり、元祖としてのこだわりを感じます。

また、「甘名納糖」の名前に関しては、「大言海」に記載があり、当時流行りだった「浜名納豆」をもじって「甘名納糖」と名づけたようです。
これがお菓子としても一般的になり、また発音もなまって、おそらくは戦後に甘納豆という一般的な名前となっていったとのこと。
まさに庶民のお菓子の歴史を感じることができる一品といえます。

味わいは一言で言って「上品な甘納豆」。
甘納豆にありがちなべったりとした甘さではなく、すっきりとした甘さに仕上がっており、やや渇き気味の外観と相まって、いくらでも食べられそうな感じです。
また、ささげを使用しているためか、豆自体の味わい、香りもきっちり感じられ、しかもそれらが嫌味でないのもすごいところ。
小豆を使ったお菓子の基本として、ぜひ一回はお試しください。

3.金鍔

続いて紹介するのは「金鍔」。
上記年表でもちらっと触れておりますが、店舗を構える前の、屋台時代から評判の品だったようです。
その名残なのか、現在でも店頭には時折「金鍔の屋台」が出ているようで、その場で作られた金鍔を購入することが出来ます。


考えてみれば、評判の金鍔がなければ榮太樓のお店を構えられなかったかもしれず、そうなると現在、甘納豆というお菓子自体存在しなかったわけで、実は甘納豆の発生に多大なる貢献をしているお菓子と言えるかもしれません。
そんな「金鍔」はこんな見た目。


ひと目でわかることは「丸い」ということ。
現在、一般に売られている金鍔は四角い形をしていますが、金鍔はその名のとおり「刀の鍔形」、すなわち円形をしていたので、もともとはこちらの形が正解のようです。
17世紀ごろに、京都で初めて「銀鍔」が作られ、後に江戸にわたって名前を「金鍔」と変え(ただし色は銀のまま)、さらに明治時代に神戸の「本高砂屋」が初めて四角形の「金鍔」を始めたということのようです。

なぜ「銀」から「金」になったかは、「銀よりは金のほうがえらい」からという説や、周りの小麦粉を焼くと、こげ色で黄色っぽくなり、それが金色に見えたから、などという説など諸説あるようですね。
ちなみにもともとの「銀鍔」の周りは上新粉で、江戸に来て、金鍔になって小麦粉になったようです。

そんな榮太樓の金鍔、現在はゴマがかかっているが、初期のものはゴマはかかっていなかったとのこと。
味わい自体も所謂金鍔の味わいのあと、ゴマの香りがふわーっと漂う、非常に美味しい金鍔でした。

4.梅ぼ志飴

3つ目に紹介するのは梅ぼ志飴。


缶そのものは、みなさんどこかしらで見たことがあるのではないかと思います。
うめぼし、と名前についてるものの、特に梅が入っているわけではなく、もともと榮太樓が扱っていた有平糖をベースにした、非常に美しい飴となっています。 実際にパッケージ(缶)にも「有平糖」と書かれていますね。


当時「飴」を作る際には一般に原材料は水飴や麦芽糖だったのですが、よりつやを出すために砂糖を使用した、というのがそもそもの成り立ちで、独特のつやがあることから、明治期の役者さんが唇につやを出すため、所謂リップグロス代わりに使われた、という言い伝えもあります。
実は現在、新宿伊勢丹内に榮太樓の別ブランド「あめや えいたろう」が出店しており、そこで実際にグロスとしても使用可能な、リップグロス型の飴を売っているのですが、こちらなどは原点回帰と言えるのかもしれません。

5.玉だれ

今回最後に紹介するのは「玉だれ」。


要は求肥で餡を包んだお菓子で、一見最近流行のタイプのロールケーキみたいなのですが、サイズはだいぶ異なります。(ちなみに、世の中に「玉だれ」と名づけられたお菓子はそこそこあり、基本的には餡を求肥で包んだ構造になっています。)
中の餡はきれいな緑色をしているのがお分かりかと思いますが、何の餡だと思いますか?

和菓子で緑色、といえばずんだ?とおもうとさにあらず。
実はこれ、「わさび」の餡なんです。
わさび餡、というと、「何の罰ゲームだよ!!」とか思うのですが、実際に食べてみると後味にやや辛さは感じるものの、これはこれで非常にあり。
香り自体も鮮烈なのですが、餡の材料に砂糖と焼味甚粉を使用しており、そのためかシャリシャリした食感と相まって非常に清涼感のある、これからの季節にぴったりのお菓子となっています。
興味ある方は、こちらもぜひお試しください。

6.まとめ

今回は「甘納豆の元祖」榮太樓のお菓子を紹介しましたが、いかがでしたでしょうか?
所謂餡子だけではなく、有平糖あり、わさびのお菓子あり、甘納豆もあり。
また、それらの礎となったのが今日でもなじみのある「金鍔」で、しかも店頭で屋台売りしていたり、さらに昔はその金鍔の形が異なっていたりと、たった一軒のお店の中でも、その歴史を垣間見ることが出来、非常に楽しいのではないかと思いますので、ぜひ皆さん榮太樓の各種お菓子を一度お試しください。


今回のお店

榮太樓總本鋪(日本橋)
住所:東京都中央区日本橋1-2-5
電話:03-3271-7785
定休日:日祝
営業時間:9:00-18:00



●バックナンバー
第八回「元祖芋羊羹を巡る」
第七回「甘納豆は日本橋にあり」
第六回「饅頭の成り立ちと、日本への伝播」
第五回「みつ豆とあんみつの元祖に迫る」
第四回「コンビニのロールケーキ」
第三回「あんぱん、ジャムパン、クリームパン」
第二回「梅花亭でどらやきの歴史に触れてみる」
第一回「3種のうさぎやについて語る」

プロフィール

覆面ライターT

いろいろあってプロフィールは秘密の某会社社員。
20ン年前に「女性にモテたかったので」お菓子をいろいろ食べ始めるが、
その目的は果たせず。
代わりになぜか餡子の美味しさに目覚めてしまい、そのままお菓子(食べるほう)の道を邁進中。
文章おちゃらけてますが、結構いろいろ食べていますので今後もお楽しみに
覆面ライターT


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