
第4回 ジャムの妖精
1、はじめに
今回は、日本を飛び出し、フランス・アルザスのパティスリーを紹介!
そんな場所のパティスリーを紹介されても行けないから、役に立たない? いえいえ・・・大いに役立つこと間違いナシ!!! なぜなら、商品は日本でも買えるし、今やこのお店に日本からも女性が大挙して押し寄せているのだから、甘党男子たるもの、是非知っておかねば!!
そのパティスリーの名は!? 「メゾン・フェルベール」 「ジャムの妖精」と称せられる、クリスティーヌ・フェルベールさんのお店だ。


お店の紹介に入る前に、ジャムというものに説明しておこう。 甘党男子なら、まずしっかりと理論面をおさえるべし。
ジャムとは、糖分の、水分を抱え込んでその腐敗を遅らせるという性質を利用し、果物を砂糖煮にして長期保存に耐えるようにした、保存食品の一種だ。JAM(英語)の語源は、「グチャグチャかむ」という意味のCHAMという古い方言であると云われる。 フランス語ではコンフィチュールという。
2、ジャムの歴史

ヨーロッパにおけるジャムの歴史は、紀元前320年頃、アレキサンダー大王が、東征してインドを攻略し、砂糖をヨーロッパに持ち帰ったことに始まる。 その後、十字軍のオリエント遠征(1096~1270年)で、中東からヨーロッパに大量の砂糖が持ち帰られて、ジャム作りが普及するようになる。 しかし、それでも、砂糖はたいへんな貴重品だったため、ジャムも一部特権階級の食べ物にとどまった。
当初、ジャムは、精力増強や精神安定に効果のある薬とみなされており、それを作るのは薬剤師の仕事だった。大予言でブームとなったノストラダムスは医師でもあり、1552年に『化粧品とジャム論』という本を書いているのは、有名な話だ。
ジャムが一般庶民に普及するのは、後に甜菜(てんさい)からも砂糖が作れることがわかり、ナポレオンがそれを産業化して砂糖の価格が下がってからのことだ。
フランスでもジャムが一般化し、各家庭が独自のレシピを持つようになる。 また、ジャム作りは、パティシエの必須技術となり、パティスリーが、その店独自のジャムを置くようになる。
3、日本におけるジャムの歴史 (その1)
日本にジャムが伝わったのは、16世紀後半、宣教師によってだ。 日本で初めてジャムをつくったのは、明治10年、東京の新宿にあった勧農局で、そのジャムを試売した。企業としては、その4年後の1881年(明治14年)のことで、長野県で缶詰のいちごジャムがつくられたことに始まる。 以来、長野県ではジャム作りが盛んになる。
1900年(明治33年)に、銀座に店を構えていた木村屋の三代目、木村儀四郎がジャムパンを発明。 この頃、日本においても、ジャムが一般に普及したと考えられる。
4、ジャムの新たな展開
20世紀半ば以降、農業技術や保存技術の発達により、果実が一年中、手に入るようになってからは、ジャムは忘れられた存在になっていく。
その忘れられた存在に再び光を当てたのが、クリスティーヌ・フェルベールさんだ!
彼女はフランスのドイツ国境に近いアルザス地方のニーデルモルシュヴィル村で1960年に生まれ、パリの『ペルティエ』等で修業した後、故郷に戻り、父親が営む『メゾン・フェルベール』というパン店(ブーランジェリー)で、アルザスの新鮮な果実を使ったジャム作りを開始する。
彼女の作るジャムには、2つの特徴がある。 ①果実の自然な風味を、そのまま瓶に閉じこめていること。 ②ピーマンや青トマト等の野菜類やハーブ類を多用し、イチゴと黒胡椒、 リンゴとルバーブといった、従来考えられなかった素材の組合せを 実現したこと

5、日本におけるジャムの歴史(その2)
日本においても、彼女のジャムは90年代から一部の専門家には知られていたが、2002年10月、フランス食材の輸入会社「日仏商事」が、有名パティシエを集め彼女の講習会を開催してからは、業界で広く知られるようになる。
また、2004年7月、テレビ番組『ウルルン滞在記』で取り上げられてからは人気爆発。2005年1月の伊勢丹のサロン・ド・ショコラに彼女が来日した際には、サインを求める女性が殺到したという・・・・
そんなわけで、フランスのアルザスにある彼女のお店には遠くから多くの女性が今日も訪れる・・・。


6、まとめ
果物を長期保存する技法として、始まったジャムは、農業技術や保存技術の発展により、一度は忘れられた存在となったが、クリスティーヌ・フェルベールにより、新たな命を吹き込まれ、保存食品としてではなく、より美味しく果物や野菜を味わう技術・食品として生まれ変わり、新たな歴史を刻み始めた。 また、日本においては、旧来のジャムと区別する意味で、フェルベール式ジャムをコンフィチュールと呼ぶ傾向にある。
7、私とジャム
私が初めてマダム・フェルベールのジャムを食べたのは、 今から5年ほど前・・・
ちょっと、味見と思って、スプーンで、すくって一口食べたのが運のつき・・・ 気がついたら、瓶の半分を食べてしまっていた!?
それまでは、ジャムというと、甘ったるく、粘っこく、パンにつけて食べるものと 決めつけていたが、このジャムは、全く異次元のものだった。
フェルベールさんのコンフィチュールは、そのフルーツが持つ、美味しさを最大限に引き出した、1つの完成されたデザートだ。
なので、私は大切な友人を招いた食事会に出す、デザートの1品として「ワン・スプーン・デザート」という形で、供している。
8、このジャムを入手するには?
プレゼント用と言えば、こんな風に可愛くラッピングしてくれるので、彼女への贈り物としても最適!
詳しくは↓
http://www.isetan.co.jp/icm2/jsp/store/shinjuku/foods/ferber/index.jsp
是非、お試しあれ!!

プロフィール
猫井 登 (ねこい のぼる)1960年、京都生まれ。 早稲田大学法学部卒業後、大手銀行に勤務。 退職後、服部栄養専門学校調理科で学び、調理免許取得。 ル・コルドン・ブルー代官山校にて、菓子ディプロム取得。フランスエコール・リッツ・エスコフィエ等で製菓を学ぶ。著書に「お菓子の由来物語」(幻冬舎ルネッサンス刊)がある。 |
お菓子の由来物語お菓子に秘められた物語を明らかにした"由来事典"。 「ショートケーキ」や「チーズケーキ」などの定番商品から、「パリブレスト」「ババ」などの変り種まで、約140種を掲載。 |
バックナンバー
第10回「伊勢丹新宿店 サロン・デュ・ショコラ」
第9回「プランタン銀座」
第8回「アンティ・アンズ」
第7回「アンジェリーナ」
第6回「バレンタインデー」
第5回「クリスマス市」
第4回「ジャムの妖精」
第3回「モンブラン」
第2回「ドゥー パティスリーカフェ」
第1回「ロワゾー・ド・リヨン」

猫井 登 (ねこい のぼる)
お菓子の由来物語







