猫井 登のパティスリー探訪~断面美ケーキを求めて~

第2回「ドゥー パティスリーカフェ」

第2回目は、東横線、都立大学駅近くの「ドゥー パティスリーカフェ」を訪問。2007年12月オープンの新店にもかかわらず、伊勢丹をはじめ、都内の有名デパートから催事への出店要請が相次ぐ超人気店だ。
同店を率いる若手シェフ、菅又亮輔(すがまた りょうすけ)氏(以下敬称略)とは、いかなる人物なのか。ここでは、まず菅又亮輔の軌跡を追ってみよう。

菅又亮輔ストーリー
菅又亮輔は1976年、新潟で洋菓子店を経営する両親のもとに3人目の子供として生まれる。亮輔の姉や兄は家業を継ごうとするが、洋菓子店経営の大変さを知る父親は猛反対。亮輔も高校卒業後は会社員となるべく就職活動を行う。そんな折、母親が入院、病床の母親との対話の中で亮輔は、自分自身の洋菓子への熱い想いに気づいていく。

高校卒業後、父親の反対を押し切って製菓専門学校に入学。しかし、学校に縛られるのを嫌った亮輔の足は学校から遠のく。1年目は、なんとか出席日数が足り進級を果たすが、2年生の夏には卒業が危うい状況になっていた。そんな彼に救いの手をさしのべたのが、日頃から彼に目をかけていたある製菓講師だった。
夏休みに毎日のように製菓の個人特訓を行った上に、製菓学校の卒業を条件に地元の有名パティスリー「ルーテシア」への就職を斡旋してくれたのだ。再び洋菓子への熱い想いを取り戻した亮輔は毎朝5時から9時半までルーテシアで働いたのち学校に行き、学校が終わるとルーテシアに戻り、深夜まで働くという生活を始める。

製菓学校を無事卒業し、5年半ルーテシアで修行を積み26歳となった亮輔はフランスで修行したいと思い始める。しかし具体的にどうしてよいのかわからず、悶々とした日々を送っていた。ここでもまた救いの手をさしのべる者が現れる。ルーテシアのオーナーである。亮輔の想いを感じていたオーナーがすべての段取りを行ってくれたのだ。「オーナーにフランス行きのスーツケースを準備しろといわれたのが3月下旬。4月19日には機上の人になっていた。今もって信じられない」と菅又は当時を振り返る。

フランス・ノルマンディーのパティスリー「レイナルド」での修行が始まった。レイナルドは、アーモンドを挽きアーモンドパウダーを作るなど原材料から自店で作る店だった。ルーテシアではやったことがない作業をたくさんマスターしなければならなかった。
けれども亮輔は一度もメモを録ろうとしたことはない。すべてを目で、耳で、手で覚えていった。これはルーテシアで叩き込まれたやり方だった。
メモを録ろうとすると、どうしても書くことに意識がいってしまい、状態をみることや感じることがおろそかになってしまう。体で覚える。これがルーテシアのやり方だった。この方法で次々と仕事をマスターしていった亮輔はオーブン(焼成)を任されるまでになる。

レイナルドでみっちりと1年修行した亮輔は、レイナルドのオーナーの口利きでローヌの「ギエ」に移る。ここは地元の超人気店で、朝から晩まで驚くべきスピードで仕事をこなさなければならなかった。その上、ムース、アイスクリームのポジションを任され、あまりの忙しさに肩で息をするような日々が続いた。さすがの亮輔もダウンし、一時帰国を余儀なくされる。

3か月の療養後、再びフランスへ。パリのレストランやブーランジェリー勤務を経て、ついに念願のアルザスの名店「ミュロップ」での修行が実現する。同店の人気商品である絹のようになめらかな生地のクグロフの製法をマスター。

フランスでの修行を終え、今や一流のパティシエとなった亮輔は29歳になっていた。
いったん新潟の実家に戻るが、父親と考え方が合わず反発し、なんとパティシエの仕事を封印してしまう。地元のガソリンスタンドで一人のフリーターとして勤務する亮輔。
客の車にガソリンを入れ、窓を拭く日々が続いた。しかし一流の腕を持つ彼を世間が放って置くはずがない。噂を聞いたピエール・エルメのフランス人シェフからガソリンスタンドで働く彼の元に電話が入った。
「ピエール・エルメの店で、スーシェフのポジションを用意するので来てもらえないか」
流暢なフランス語で応対する彼の姿を、ガソリンスタンドの同僚は驚きの眼差しで見つめた。

ピエール・エルメのイクスピアリ店でスーシェフを務めた2年間で、製菓技術に加えエルメの高度な創造力、芸術性を吸収し独立。オープンしたのが「ドゥー・パティスリーカフェ」なのである。

菅又亮輔のお菓子
菅又シェフが目指すのは、新しさの中にも伝統が息づくお菓子。そして幅広い層に愛されるパティスリー。たとえば、「ヴェリーヌ・パンデピス」。一見すると、グラスに入ったゼリー菓子のようだが、実はフランスの伝統菓子パンデピス(スパイス入りのパウンドケーキ風のお菓子)をアレンジしたもの。食べてみると、グラスの中に見事に、パンデピスの味わいが再現されているのである。ショーケースの中には、そんなスタイリッシュで斬新なお菓子に混じってロールケーキ、プリン、シュークリームといった親しみ深いお菓子も並ぶのがこのお店の特徴である。
店名の「ドゥーパティスリーカフェ」のドゥーとは、仏語で「彼ら」と特に親しみを込めて呼ぶときに使われる言葉だ。お客様から「彼らのお菓子」と親しみを込めて呼んで欲しいという菅又シェフの想いがこもっている。

ここで私が特に気に入っているお菓子をいくつか紹介しよう。

1,タルト・ショコラ・キャラメル・サレ

先日、テレビでも紹介させていただいた、絶品のチョコレートタルト。
タルト生地の中にまずビスキュイサンファリーヌ(粉を使用しない濃厚なチョコレート生地)を敷き込み、ローストしたクルミ、アーモンド、ヘーゼルナッツ、ピスタチオを入れ、甘塩っぱいのキャメルソースをたっぷりと注ぎ、チョコレートムースを重ねた濃厚な味わいのタルト。表面は艶やかな輝きを放つグラサージュショコラでおおわれ、思わず写真を撮りたくなるほどの美しさだ。

2,ソワイユ
アーモンドのシュクセ生地の上に、鮮やかな若草色のドーム型のピスタチオムースをのせたプチガトー。ムースの中央にはチョコレートクリームとグリオットのジュレが埋め込まれている。ピスタチオとチョコレートのしっかりとした甘みとグリオットのフレッシュ感を楽しめる逸品だ。


3、クグロフ

クグロフは、王冠のような独特の型で焼き上げたお菓子で、ブリオッシュ生地で作るものとパウンドケーキ生地で作るものの2つの種類がある。ここでご紹介するのは、前者の方。ブリオッシュ生地で作る場合、通常は生地の中にたっぷりとバターを入れて焼くが、菅又シェフは生地に入れるバターは控えめにして、焼き上がってから生地の表面に溶かしバターを塗るという方法をとる。これにより時間が経っても生地のしっとり感が失われない、美味しいクグロフが生まれる。
アルザスの名店ミュロップのレシピをベースに作られる、絹のようになめらかで、しっとりとした生地の絶品のクグロフを是非、ご賞味あれ!

これらのほかにも店内には、パン、焼き菓子、マカロン、パートドフリュイなど魅力的なお菓子が多数並ぶ。とくにマカロン、パートドフリュイは、ピエール・エルメの芸術性を彷彿とさせる美しい象形と菅又シェフならではの独創的な味の組み合わせが楽しめるので、お奨め。


今回の<断面美ケーキ>は、こちら!

切断前

切断後
そして・・・
今回の<断面美ケーキ>は、こちら!
「マチュリテ」
マカロン生地の間には、クリームチーズと合わせたバタークリームが、こんもりと盛られ、中央部分にリュバーブと苺のコンポートを埋め込まれている。クリームの周りには、色とりどりのベリー類が飾られ、見た目にも可愛らしいマカロンのプチガトー。


今回取材に協力してくれたお店はこちら

店名:D'eux
住所:東京都目黒区八雲1-12-8
TEL:03-5731-5812
OPEN 10:00 CLOSE 20:00
定休日:毎週月曜
東急東横線「都立大学」駅から徒歩5分


バックナンバー
第3回「モンブラン」
第2回「ドゥー パティスリーカフェ」
第1回「ロワゾー・ド・リヨン」

プロフィール

猫井 登 (ねこい のぼる)

1960年、京都生まれ。
早稲田大学法学部卒業後、大手銀行に勤務。 退職後、服部栄養専門学校調理科で学び、調理免許取得。
ル・コルドン・ブルー代官山校にて、菓子ディプロム取得。フランスエコール・リッツ・エスコフィエ等で製菓を学ぶ。著書に「お菓子の由来物語」(幻冬舎ルネッサンス刊)がある。
お菓子の由来物語
お菓子に秘められた物語を明らかにした"由来事典"。
「ショートケーキ」や「チーズケーキ」などの定番商品から、「パリブレスト」「ババ」などの変り種まで、約140種を掲載。