~第二回「梅花亭でどらやきの歴史に触れてみる」
2.2つの「梅花亭」についてのお話
そういうわけで、「梅花亭」には「2系統」のお店があります。
- 明治の初期に三代目が「どら焼き」を作った、大伝馬町の「梅花亭」
こちらのお店は、その後中央区新川(当時の名前は霊岩島。最寄り駅は茅場町)に引越しし、現在はそちらで営業されています。


お店の中にある額は木村荘八のもの。毛筆で字だけ書かれているものは結構珍しいのではないかと思います。
またこちらのお店、門前仲町、小伝馬町に支店もありますが、お菓子はすべて新川の本店で作られています。
- 明治の半ばに初代が「三笠山」を作った、柳橋の「梅花亭」
こちらのお店は変わらず、台東区柳橋(最寄り駅は浅草橋)の隅田川沿いにお店があります。

a.のお店とb.のお店は実は親戚関係にあたり、双方のお店で「三笠山」を売っているなど、お菓子も同じものが多いのですが、経営上直接のかかわりは無いためか、微妙に味わいが異なっています。
お話を聞く限り、新川のお店が1850年(嘉永3年)に創業した後、明治時代に暖簾分けのような形で柳橋のお店が出来た、ということのようです。
お菓子の種類としては、
a.のお店(どら焼きの元祖)に関しては焼き菓子、豆菓子がメイン。「どら焼き」はこちらだけ。
b.のお店(三笠山の元祖)に関しては生菓子が多め。
また、双方のお店で買い求めることが出来るお菓子として「三笠山」「梅最中」などが挙げられます。










